■このドラマのご紹介
『ゴーン・ガール』の原作者として知られるギリアン・フリンのデビュー作を、『ダラス・バイヤーズクラブ』のジャン=マルク・ヴァレ監督と、主演にエイミー・アダムスを迎えてドラマ化したサイコ・スリラーの傑作。物語は、心に傷を抱えるジャーナリスト、カミール・プリーカーが、故郷であるミズーリ州の田舎町ウィンド・ギャップで起きた少女連続殺人事件の取材を命じられるところから始まる。アルコールに溺れ、自傷行為の過去を持つ彼女にとって、故郷は忌まわしい記憶が眠る場所だった。
町に戻ったカミールを待ち受けていたのは、神経質で支配的な母親アドーラと、これまで会ったことのなかった美しくも謎めいた異父妹アンマ。旧家の邸宅で繰り広げられる息の詰まるような家族関係と、町に渦巻く噂や嘘の中で、カミールは事件の真相に迫っていく。しかし、取材を進めるうちに、事件の闇は彼女自身の封印された過去のトラウマと深く結びついていることが明らかになる。
アメリカ南部の湿度の高い夏の空気を映像化したかのような、じっとりとした不穏な雰囲気(サザン・ゴシック)、記憶の断片が突然挿入される鋭いフラッシュバック、そして登場人物たちの繊細で歪んだ心理描写が見事に融合し、観る者を物語の世界に引きずり込む。単なるミステリーに留まらず、家族という名の呪い、世代間で受け継がれる心の傷、そして女性が抱える痛みを鋭く描き出した、重厚な人間ドラマである。
■このドラマで使われている会話表現とスラング
get my butt whipped
ひどく叱られる/こてんぱんにやられる
`get my butt whipped` は、直訳すると「お尻を鞭(むち)で打たれる」となり、文字通りの体罰を指すことがあるが、現代の会話では比喩的に「ひどく叱られる」「厳しく罰せられる」という意味で使われるのが一般的である。`whip` は「鞭打つ」という動詞、`butt` は「お尻」を意味する口語だ。親にこっぴどく叱られる子どもの状況や、上司に厳しく問い詰められる部下の状況などで頻繁に使われる。
また、この表現は叱責の文脈だけでなく、競争や争いにおいて「完敗する」「こてんぱんにやられる」という意味でも広く用いられる。例えば、スポーツの試合やテレビゲームで大差をつけられて負けた際に `We got our butts whipped.` (俺たちは完膚なきまでに叩きのめされた) のように使うことができる。`get my ass kicked` という表現とほぼ同義で、どちらも非常にインフォーマルで口語的な言い回しであるため、親しい間柄での会話に適している。フォーマルな場では `be severely reprimanded` (厳しく叱責される) や `suffer a crushing defeat` (壊滅的な敗北を喫する) といった表現が好まれる。
『シャープ・オブジェクツ』では、物語の冒頭、過去の回想シーンで幼いカミールが妹のマリアンに対してこの表現を使う。二人が母親に内緒でキャンディーバーを買い、家に戻る途中、マリアンが母親に見つかることを心配する。それに対し、カミールは `Better hope not or you’ll get a tonic and I’ll get my butt whipped.` (見つからないといいわね。さもないとあなたは強壮剤を飲まされて、私はお尻を叩かれるから) と言う。この一言は、姉妹に対する母親アドーラの歪んだ接し方の違いを端的に示している。病弱なマリアンには過保護に「薬」を与え、健康で反抗的なカミールには「体罰」を与える。この時点で、アドーラの異常な支配欲と、姉妹間の不均衡な力関係が観客に暗示される。カミールにとって `getting her butt whipped` は、単なる叱責ではなく、母親からの愛情の欠如と拒絶を意味する、トラウマに満ちた言葉なのである。
a piece of work
変わり者/一筋縄ではいかない人物/とんでもないやつ
`a piece of work` は、非常に個性的で、扱いにくく、理解しがたい人物を指す際に使われる口語的な慣用句である。通常はネガティブな意味合いで用いられ、相手に対する呆れ、困惑、あるいは悪い意味での感心といった感情を込めて使われる。「なかなかのタマだ」「相当な人物だね」といった日本語のニュアンスに近い。`He’s a real piece of work.` のように、`real` や `quite` などの強調語を伴うことが多い。
この表現の由来は、シェイクスピアの『ハムレット』にある `What a piece of work is a man!` (人間とは何という傑作だろうか!) という台詞に遡るとも言われている。元々は人間の素晴らしさを称賛する言葉だったものが、時を経て皮肉的な意味合いを帯びるようになり、現代では「(皮肉な意味での)傑作な人」、つまり「とんでもない変わり者」を指すようになった。この表現は、単に「悪い人」と断定するのではなく、その人物の複雑さや奇妙さを、ある種の距離を置いて評価するような響きを持つ。
『シャープ・オブジェクツ』では、カミールが最初の被害者アン・ナッシュの父親であるボブ・ナッシュにインタビューした後、編集長のカーリーに電話で報告する場面でこの表現が登場する。カミールはボブの印象について `I got some good quotes from Ann Nash’s father. He’s a piece of work.` (アン・ナッシュの父親から良いコメントが取れたわ。彼はなかなかの人物よ) と語る。インタビュー中のボブは、娘を失った悲しみを見せる一方で、どこか芝居がかった態度や、妻が家を出て行った事実を隠そうとする不自然な様子を見せる。カミールはジャーナリストとしての鋭い直感で、彼が単なる悲劇の父親ではない、何か裏のある一筋縄ではいかない人物だと見抜く。`a piece of work` という言葉は、ボブ・ナッシュの不気味さと胡散臭さを的確に表現しており、彼が事件の重要な容疑者の一人であることを視聴者に強く印象付ける。
