■この映画のご紹介
第二次世界大戦初期の1940年5月。ナチス・ドイツがヨーロッパを席巻し、イギリスは国家存亡の危機に瀕していた。宥和政策に失敗したネヴィル・チェンバレン首相は退陣を迫られ、後任として白羽の矢が立ったのは、これまで異端児として扱われてきたウィンストン・チャーチルだった。多くの議員から不信の目を向けられ、国王ジョージ6世からも懐疑的に見られる中、チャーチルは首相という重責を担う。絶望的な戦況、ダンケルクで包囲された30万の兵士、そして国内に渦巻く和平交渉への圧力。チャーチルは、ヒトラーとの交渉か、それとも国家の存亡をかけた徹底抗戦か、という究極の選択を迫られる。本作は、チャーチルが首相に就任してからダンケルクの奇跡が起こるまでの激動の数週間を描き、彼のリーダーシップと、歴史を動かした「言葉」の力がどのようにして生まれたのかを克明に映し出す。ゲイリー・オールドマンが特殊メイクでチャーチルになりきり、アカデミー主演男優賞を受賞した圧巻の演技は必見である。
■この映画で使われている会話表現とスラング
Keep buggering on!
くじけずに頑張り続けろ!
`Keep buggering on!` は、非常にイギリス英語らしい、困難な状況でも屈せずに進み続けろ、という力強い励ましの言葉である。`bugger` は元々、非常に下品な意味を持つ動詞だが、現代のイギリス英語では感嘆詞(`Oh bugger!` / しまった!)、動詞(`bugger up` / 台無しにする)、形容詞(`I’m buggered` / ヘトヘトだ)など、非常に多岐にわたる用法を持つ俗語として定着している。その中でも `bugger on` は「(困難や障害にもかかわらず)根気強く続ける」「頑張り抜く」という意味の句動詞となる。`carry on` や `keep going` と似た意味を持つが、より口語的で、逆境に立ち向かう粘り強さや、ある種の頑固さといったニュアンスが含まれる。上品な表現ではないため、公式な場での使用は避けるべきだが、親しい間柄での会話や、気取らない激励の言葉として頻繁に使われる。例えば、大変なプロジェクトに取り組む同僚に対して `I know it’s tough, but just keep buggering on.`(大変なのは分かるけど、とにかく頑張り続けるんだ)のように使うことができる。また、自分自身を鼓舞する際にも `This is harder than I thought, but I’ll just have to keep buggering on.`(思ったより大変だが、とにかくやり続けるしかないな)という風に使える。この表現には、イギリス人特有の、感情を大げさに表すのではなく、困難を淡々と、しかし不屈の精神で乗り越えようとする文化的背景が反映されていると言えるだろう。
『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』では、首相就任の可能性について息子ランドルフから電話を受けたチャーチルが、会話の最後に `Keep buggering on!` と言って電話を切る。この場面でのチャーチルは、国の命運を左右する重圧と、政敵からの絶え間ない攻撃に晒されながらも、決して弱音を吐かない。この一言は、息子への励ましであると同時に、彼自身の不屈の決意表明でもある。どんな困難が待ち受けていようとも、ただひたすらに前進し続ける。チャーチルの生涯にわたる哲学が、この無骨で力強いイギリススラングに見事に凝縮されている。映画全体を通して描かれる彼の粘り強い姿勢を象明徴する、非常に印象的なセリフだ。
God’s teeth!
ちくしょう!/なんてこった!
`God’s teeth!` は、驚き、苛立ち、怒りなどを表現する、やや古風な感嘆詞である。現代の日常会話で耳にすることは稀だが、歴史を題材にした映画や文学作品では、その時代背景を演出するためにしばしば使われる。この表現は `minced oath`(婉曲誓言)の一種で、神の名前をみだりに唱えることを禁じる宗教的タブーを避けるため、`God’s wounds` や `God’s blood` といった冒涜的な言葉を少し変形させたものである。`teeth`(歯)自体に特別な意味があるわけではなく、あくまで冒涜を避けるための言い換えだ。現代英語で言うところの `Damn it!` や `For God’s sake!` に近いニュアンスを持つが、より古風で格式張った響きがある。例えば、予期せぬ悪い知らせを聞いた際に `God’s teeth! I can’t believe this is happening.`(なんてこった!こんなことが起きるなんて信じられない)のように使ったり、物事がうまくいかない時に `God’s teeth! Why won’t this work?`(ちくしょう!なんでうまくいかないんだ?)と苛立ちを表したりする際に用いられる。現代の会話で使うと、少し芝居がかった、あるいは皮肉めいた印象を与えるかもしれないが、その古風さゆえに、キャラクターの個性や時代性を際立たせる効果的な言葉として機能する。シェイクスピアの戯曲にも見られるなど、その歴史は非常に古い。
『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』では、チャーチルが新人の秘書エリザベス・レイトンに口述筆記をさせている場面でこの言葉が飛び出す。エリザベスがチャーチルの言った `ripe`(熟した)を `right`(正しい)と聞き間違えたことに気づいたチャーチルは、激しい苛立ちを露わにし、`RIPE! Not RIGHT! God’s teeth girl! I said ripe, ripe, ripe – P-P-P!`(熟した、だ!正しい、じゃない!ちくしょうめ!熟したと言ったんだ、P-P-Pの!)と怒鳴りつける。このセリフは、完璧主義者で短気、そして自分の意図が伝わらないことに極度の不満を感じるチャーチルの癇癪持ちな性格を鮮明に描き出している。`God’s teeth!` という古風な悪態が、彼の歴史上の人物としての威厳と、人間的な欠点の両方を同時に表現しており、キャラクターに深みを与えている。
