■このドラマのご紹介
『チアーズ』は、1982年から1993年にかけて放送されたアメリカのシチュエーション・コメディ(シットコム)の金字塔である。舞台はボストンのとあるバー「チアーズ」。元メジャーリーガーのオーナー、サム・マローンと、インテリでウェイトレスのダイアン・チェンバースという対照的な二人の恋愛模様を軸に、バーに集う個性豊かな常連客たちが繰り広げるウィットに富んだ会話劇が魅力だ。
今回取り上げるエピソード「コーチの新しい恋」は、シーズン2の第8話。サムとダイアンのカップルは、二人きりの甘い時間を過ごしたいと願っている。しかし、そこに毎晩のように現れるのが、純粋で心優しいが少し天然なバーテンダーのコーチだ。悪気なく二人の時間を邪魔してしまうコーチに、サムとダイアンは彼を傷つけることなく、どうにかして二人きりの時間を取り戻そうと画策する。友情と恋愛の間で揺れ動く登場人物たちの心情が、ユーモアたっぷりに描かれた傑作エピソードである。
■このドラマで使われている会話表現とスラング
Their loss.
損したのは向こうの方だ
Their loss. は、直訳すると「彼ら(彼女ら)の損失」となるが、口語では「(こちらを断ったのだから)損したのは向こうの方だ」という強がりの意味で使われる。誰かに誘いを断られたり、恋愛で振られたりした際に、自分を慰めるため、あるいはプライドを保つために使われる決まり文句だ。自分が魅力的であるにもかかわらず、相手がそれを見抜けなかったのだから、機会を逃して残念なのは相手の方だ、というニュアンスが含まれている。ビジネスの場面で、契約を逃した際に The client chose another company? Well, their loss.(クライアントは他社を選んだって?まあ、損をするのは先方だよ)のように使うこともある。非常に応用範囲の広い表現だ。
日常会話では、友人同士で使うことが多い。例えば、パーティーに誘った友人が来られなくなった時、It’s a shame Sarah can’t come to the party.(サラがパーティーに来られないのは残念だね)という言葉に対し、Yeah, her loss. It’s going to be a great night.(ああ、彼女が損しただけさ。最高の夜になるんだから)と返すことができる。また、デートの誘いを断られた友人を励ます際に、Don’t worry about it. If she doesn’t want to go out with you, it’s her loss.(気にするなよ。君とデートしたくないなんて、損してるのは彼女の方さ)のように使うことができる。
『チアーズ』では、バーの常連客であるノームとクリフが、閉店間際に女性二人組に声をかけようとする場面でこの表現が登場する。二人は緊張のあまり支離滅裂なことしか言えず、女性たちに nerds(ダサい奴ら)と呆れられて去られてしまう。その直後、二人は The girls shrug and start to exit. As soon as they turn, the guys recover.(女性たちは肩をすくめて出て行こうとする。彼女たちが背を向けたとたん、男たちは回復する)というト書きの後、強がってこう言うのだ。
WOMAN #2: Their loss.(損したのは向こうの方よ)
このセリフは、女性たちが去り際に「(この男たちと付き合わなくて済んで)私たちの時間の無駄にならなくてよかった」という意味で言うこともできるし、その後に続くノームたちの侮辱的なセリフの前振りとして、彼らが自分たちを正当化するために心の中で思ったことを代弁しているようにも解釈できる。このエピソードでは女性が言い放つが、振られた男性が使う典型的な強がり文句として、この後のノームとクリフの負け惜しみを象徴する一言となっている。
cut into
~に割り込む、~を邪魔する
cut into は、物理的に「~に切り込む」という意味の他に、比喩的に「(時間・利益・プライベートなどに)割り込む」「~を妨げる」「~を減らす」という意味で広く使われる句動詞である。誰かの会話に割り込む場合は cut into a conversation、利益を減らす場合は cut into profits のように使う。特に、確保しておきたい時間や空間、資源などが、予期せぬ出来事や他者によって侵害されたり、削られたりする状況を表現するのに非常に便利だ。プライベートな時間を邪魔されたくない時や、予定していた計画が狂わされた時など、ネガティブなニュアンスで使われることが多い。
日常会話での使用例は多岐にわたる。例えば、仕事が忙しくてプライベートな時間が取れない状況を説明する際に、These long hours at work are really cutting into my family time.(この長時間労働は、本当に家族との時間を奪っているよ)のように言うことができる。また、予期せぬ出費で貯金が減ってしまった場合には、The unexpected car repairs really cut into our savings.(予期せぬ車の修理で、貯金が大幅に減ってしまった)のように使う。この句動詞を使いこなせると、自分の状況をより具体的に、感情を込めて表現できるようになる。
『チアーズ』では、サムとダイアンのカップルが、毎晩のように彼らのアパートにやって来て長居するコーチの存在に悩む場面で使われる。ダイアンがサムに不満を打ち明ける際、この表現が登場する。
DIANE: Sam, it’s become a habit. It’s starting to cut into our romantic times together. I miss my Sammy lambs.
(ダイアン:サム、これが習慣になっちゃってるわ。私たちのロマンチックな時間を邪魔し始めているの。あなたとの甘い時間が恋しいわ)
ここでは、コーチの存在が、二人がカップルとして過ごすべき「ロマンチックな時間」という、守られるべき領域に「割り込んできている」というダイアンの不満が、cut into という言葉で的確に表現されている。単に邪魔だというだけでなく、大切なものが削り取られているという、より強い危機感が込められている。このセリフが、このエピソード全体のテーマ、つまり「二人の世界」に第三者が入り込むことへの葛藤を明確に示している。
