■この映画のご紹介
『ゲット・アウト』『アス』で世界を席巻したジョーダン・ピール監督が贈る、予測不能のSFスペクタクル・スリラー。カリフォルニアの広大な内陸部の牧場で、伝説的なハリウッドの馬調教師の父を亡くしたOJとエメラルドの兄妹。彼らは父の死の半年前から、牧場の上空に存在する謎の飛行物体「それ」に気づき、その正体を暴くため、前代未聞の撮影計画を立てる。「最悪の奇跡」とは何かを問いかける本作は、スペクタクル社会への痛烈な批評を織り交ぜながら、観る者を未知の恐怖へと誘う。
■この映画で使われている会話表現とスラング
Nope.
いや/ないね/無理
Nope は No の非常に口語的でカジュアルな表現である。「いや」「ううん」といった意味で、友人や家族との日常会話で頻繁に使われる。No との最大の違いは、そのニュアンスと響きにある。Nope は、単なる否定以上の感情、例えば、うんざりした気持ち、軽い拒絶、あるいは断固とした「関わりたくない」という意志を示すことがある。音声学的に見ても、単語の最後の/p/の音は、唇を閉じて発音するため、会話をそこで「ぷつり」と断ち切るような、簡潔で終結的な印象を与える。Are you coming to the party tonight?(今夜パーティーに来る?)と聞かれて、Nope, I’m staying in.(ううん、家にいる)と答えれば、これ以上その話題を続ける気がない、というニュアンスを伝えることができる。
『NOPE/ノープ』では、この一語が映画全体のテーマを象徴するキーワードとして、様々な文脈で繰り返し使われる。まず、タイトルそのものが Nope であることが重要だ。これは、OJ兄妹が直面する人知を超えた恐怖や理解不能な現象に対する、最も根源的な反応、つまり「関わりたくない」「これは無理だ」という拒絶の意志を表している。
劇中では、チンパンジーのゴーディが登場するシットコムのシーンで、フィリスが「ロケットを宇宙に送れる男が、まともな誕生日プレゼントを選べないなんて…Nope. (p.1)」と呆れて言う。ここでは「ありえないね」という相槌のように使われている。また、エメラルドが撮影現場で、映画史初の騎手の名前を知っているかと問われ、「Nope. (p.11)」と答えるシーンでは、歴史から意図的に消された黒人の存在を象徴的に示している。
しかし、最も印象的なのは、主人公OJがこの言葉を発する場面だろう。牧場の厩舎でエイリアンらしき不気味な存在に遭遇したOJは、パニックに陥るでもなく、武器を取るでもなく、ただ静かに「Nope. (p.42)」と呟き、ゆっくりと後ずさりしてその場を離れる。これは、彼のキャラクターを完璧に表現した名シーンだ。彼はヒーローのように怪物に立ち向かうのではなく、現実的な脅威から距離を置こうとする。この「Nope」は、彼のプラグマティズムと、手に負えないものとは関わらないという生存戦略の現れなのである。さらに、OJが「悪い奇跡って言葉はあるか?」と問い、エメラルドが「Nope. (p.27)」と答えるやり取りも、この映画の核心をついている。彼らが体験している現象は、既存のどんな言葉でも定義できない、全く新しい次元の恐怖であることを示唆している。このように、たった一言の Nope が、映画全体に多層的な意味を与えているのだ。
Way to think things through.
よく考えたもんだね(皮肉)
Way to think things through. は、文字通りに訳せば「物事をじっくり考える方法」だが、会話で使われる際は、ほとんどの場合が皮肉(sarcasm)である。相手の行動や計画が浅はかで、全く考えられていないことを非難する際に、「(まあ、)よく考え抜いたもんだね」と、本心とは逆のことを言って揶揄する表現だ。同じ構造を持つ Way to go!(よくやった!)が、時に失敗した相手に対して皮肉として使われるのと同じ用法である。この表現のポイントは、声のトーンや表情にある。賞賛しているかのように見せかけながら、その実、相手の配慮のなさを鋭く指摘する、高度なコミュニケーション技術と言えるだろう。例えば、友人がレストランの予約を忘れていたときに、You forgot to make a reservation? Way to think things through.(予約し忘れたって?そりゃあ、よく考えたもんだ)と言えば、その場の雰囲気を凍りつかせるほどの効果がある。
『NOPE/ノープ』では、映画の冒頭、物語の重要なモチーフとなる劇中劇のシットコム『ゴーディ、家に帰る』のワンシーンでこのセリフが登場する。チンパンジーのゴーディの誕生日パーティーで、父親役のトムがゴーディに腕時計をプレゼントする。しかし、その時計はオーロラの時間に合わせてあり、ゴーディには全く使い方が分からない。それを見た息子のリル・ジュプ(後のジュプ・パーク)は、呆れたようにこう言う。「Great gift, dad. Way to think things through. (p.1)」(最高のプレゼントだね、父さん。実によく考え抜かれてるよ)。
このセリフは、シットコム特有の軽妙なジョークとして観客の笑いを誘うが、実はこの後に起こる大惨劇の伏線となっている。相手(この場合はチンパンジー)のことを考えずに、自分本位で良かれと思って行動することが、いかに予期せぬ恐ろしい結果を招くか。この「思慮の浅さ」というテーマは、後にジュプ自身が謎の飛行物体を「ショー」に利用しようとして悲劇を繰り返すことにも繋がっていく。たった一言の皮肉なセリフが、シットコムの笑いの裏に潜む危険性と、映画全体の中心的なテーマである「スペクタクルの搾取」を暗示しているのである。日常会話で使うには少し棘のある表現だが、イギリスやアメリカのコメディでは頻繁に聞かれる言い回しなので、覚えておくとより深く作品を楽しめるだろう。
