■この映画のご紹介
Table of Contents
−- ■この映画のご紹介
- ■この映画で使われている会話表現とスラング
- How are you doin'?
- kick with the left foot
- I had to wear a nappy for a week.
- take the hand out of you
- yer man / yer woman
- sure
- none of your bloody business
- ach
- I'll have you in a bloody minute
- on yer go
- on the barricades
- wee
- I'm not allowed.
- What's yours is mine, and what's mines me own.
- spread betting
- A pity beyond all telling is hid in the heart of love.
- peelers
- yous
- I didn't come up the loch in a bubble.
- Scotch Mist
- drowning in debt
- in the clear
- take to the pictures
- Holy God.
- be careful
1969年8月、北アイルランドの首都ベルファスト。プロテスタントとカトリックの対立が激化する中、9歳の少年バディは、自分が生まれ育ったこの街で友達と遊び、初恋に胸をときめかせ、家族と笑い合う日々を送っていた。しかし、ある日突然、暴動が彼の平和な日常を打ち砕く。父は仕事のためイングランドに渡り、母は子供たちを守りながら家計をやりくりし、祖父母は老いながらもユーモアを失わない。ケネス・ブラナー監督が自身の幼少期をもとに描いた自伝的作品で、白黒映像と温かな家族の姿が心に沁みる傑作である。アカデミー賞脚本賞を受賞した。
■この映画で使われている会話表現とスラング
How are you doin’?
元気?/調子はどう?
How are you doing? は英語で最もよく使われる挨拶の一つである。doin’ と短縮されているのは口語的な発音で、特にアイルランドや北イングランドのアクセントでは語尾の g を省略することが多い。How are you? よりもカジュアルで親しみやすいニュアンスがあり、道で顔見知りに会ったときやちょっとした会話の入口として使われる。答えは I’m alright. や Not bad. や Grand. などが一般的だ。 アメリカ英語でも How are you doing? は非常によく使われ、フレンズのジョーイが口癖のように言う How you doin’? はその代表例として有名である。日常会話では実際の体調を聞いているわけではなく、挨拶の一形式として機能していることが多い。 『ベルファスト』では、マ(母)が通りに出て自転車で通りがかったフランキー・ウェストに声をかける場面がある。How are you Frankie? と聞き、フランキーが I’m alright. How you doin’? と返す。これはベルファストの日常風景そのもので、隣人同士が当たり前のように顔を合わせて言葉を交わす、穏やかな街の空気を表している。この直後に暴動が起きることを考えると、この何気ない挨拶が失われた日常のかけがえなさを象徴している。
kick with the left foot
カトリック系である(北アイルランドのスラング)
kick with the left foot は北アイルランドで使われるスラングで、カトリック系の人を指す表現である。対になる表現として kick with the right foot はプロテスタントを意味する。サッカーやフットボールの比喩から来ており、どちらの足で蹴るかが宗教的アイデンティティのメタファーになっている。この表現は非常にローカルなもので、北アイルランドの宗教的・文化的分断を背景に生まれたものだ。現代では差別的なニュアンスを持つと捉えられることもあるが、映画や文学ではこの地域の文化的文脈を描く際にしばしば使われる。 『ベルファスト』では、暴動後にマがグラニー(祖母)の家でカトリックの隣人について話す場面がある。Not at all. Sure they’re friends. Their families same as us, they just kick with the left foot.(全然そんなことない。確かに友達よ。家族も私たちと同じ、ただカトリックなだけ)と言う。宗教の違いを「足の使い方」という中立的な比喩で表現することで、隣人への偏見のなさと日常的な共存関係を自然に示している。街が分断される中でも、「ただ少し違うだけの隣人」という感覚を持ち続けるマの人柄が伝わってくるセリフだ。
