■この映画のご紹介
Table of Contents
−- ■この映画のご紹介
- ■この映画で使われている会話表現とスラング
- Who needs to pee?
- Uh-huh.
- Gadzooks.
- I'm a late bloomer.
- You dare me?
- succumb to
- Let's say she's in heaven.
- Time heals all wounds.
- Cremated.
- Are we orphans now?
- a Band-Aid
- I'm a war photographer.
- What'd you do to deserve that?
- It's on the inside.
- a toadswindle
- Of course, I understand.
- A desert opportunity.
- I assertively disagree.
- red herring
- Is it always today?
- We're two catastrophically wounded people.
- You can't wake up if you don't fall asleep.
- It's not clear.
ウェス・アンダーソン監督の2023年作品。1950年代のアメリカ砂漠の小さな町「アステロイド・シティ」を舞台に、ジュニア・スターゲイザー(若き天才科学者)のコンテストに参加した家族たちが突如現れたエイリアンに遭遇し、軍による隔離措置の中で様々な人間模様を繰り広げる物語だ。劇中劇、テレビ番組という入れ子構造を持ち、戦争写真家のオーギー・スティーンベックと映画スター・ミッジ・キャンベルの不思議な関係、天才少年ウッドロウと父の葛藤、そして宇宙の謎をめぐる哲学的な問いが絡み合う。アンダーソン監督お得意の対称的な構図と色彩、スタイリッシュなユーモア、そして実存主義的なテーマが詰め込まれた意欲作である。
■この映画で使われている会話表現とスラング
Who needs to pee?
トイレ行きたい人?
need to pee は「おしっこがしたい」という意味の口語的な表現だ。pee は幼児語・口語で「おしっこ」を意味し、urinate の非常にカジュアルな言い換えである。大人が子どもに対して使うことが多いが、友人間でも気軽に使われる。フォーマルな場面では使わない方が無難だが、日常会話では非常によく耳にする。
Do you need to pee before we leave?(出発前にトイレ行っておく?)や The kids always need to pee at the worst possible moment.(子どもたちはいつも最悪のタイミングでトイレに行きたがる)のように使える。
『アステロイド・シティ』では、オーギーが車から降りると同時に子どもたちに向かって Who needs to pee?(トイレ行きたい人?)と聞く場面がある。すると三人の姉妹たちは「行かない」「誰もいらない」と口をそろえて答えるが、明らかに説得力がない。旅の疲れや子育ての現実感が漂う、微笑ましいシーンだ。その後、実際には姉妹たちがトイレに行きたがる場面も登場し、この繰り返しがウェス・アンダーソン的なコミカルなリズムを生んでいる。日常の育児あるあるを短いセリフで切り取ったこの表現は、英語学習者にとっても非常に実用的だ。
Uh-huh.
うん/そうだね/ああ
Uh-huh は英語で最もよく使われる相づちのひとつだ。肯定や同意、または「聞いています」というサインとして使われる。発音は「アァハァ」に近く、文字で書くと uh-huh となる。Yes よりもずっとカジュアルで、日本語の「うん」「そうそう」「ああ」に相当する。ただし、文脈によっては無関心や曖昧な同意を示すこともあり、会話のトーンによって意味が変わる。
Did you get my message? — Uh-huh.(メッセージ受け取った?——うん)のように使う。また、あまり興味がない話題に対して Uh-huh, uh-huh…(ふーん、そうなんだ)と機械的に相づちを打つ場面も日常的に見られる。
『アステロイド・シティ』では、オーギー・スティーンベックがこの Uh-huh を非常に頻繁に使う。特にミッジとの窓越しの会話の中で、彼女の言葉にほとんど Uh-huh と返すだけの場面が繰り返される。これはオーギーというキャラクターの内省的で言葉少ない性格を表すと同時に、感情を表に出さないがゆえに逆説的に深みが感じられるというアンダーソン演出の妙だ。英語学習者は相づちのバリエーション(Yeah, Right, I see, Uh-huh など)を使い分けることで、より自然な会話ができるようになる。
Gadzooks.
なんてこった!/びっくりした!
Gadzooks は古風な英語の感嘆詞で、驚きや衝撃を表す。もともとは「神の傷(God’s hooks)」を婉曲的に表した誓いの言葉が変化したものとされる。現代ではほとんど使われないが、時代ものの映画やユーモラスな文脈で意図的に使われることがある。似たような古風な表現に Good heavens!(なんとまあ!)、Blimey!(しまった!)、Egads!(なんてこった!)などがある。
Gadzooks, you scared me!(びっくりした、驚かせないでよ!)や Gadzooks! That’s the biggest fish I’ve ever seen!(なんてこった!こんなに大きな魚は見たことがない!)のように使う。現代の日常会話で使うと少しユーモラスあるいは芝居がかった印象を与えるが、だからこそ映画やコメディで効果的に使われる。
『アステロイド・シティ』では、ミッジが目の周りに紫やピンクのあざをメイクで描いていることをオーギーが発見した際に Gadzooks. What’d you do to deserve that?(なんてこった。それで、何をして殴られたんだ?)と言う場面がある。しかしそれは実際のあざではなく、彼女が演じる役への「感情的な入り込み」のためのグリースペイントだったと判明する。古風な感嘆詞を自然に使うオーギーのキャラクターの奇妙な魅力が際立つ場面だ。
I’m a late bloomer.
私は遅咲きなんだ
late bloomer とは「遅咲きの人」を意味する表現だ。bloomer は「花を咲かせるもの」という意味で、本来は植物が花を咲かせることを指すが、比喩的に「才能や個性が遅れて開花する人」を表す。勉強や芸術、スポーツ、人間関係など、様々な分野での「遅れての成長・開花」を表す際に使われる。
She was a late bloomer — didn’t start painting until she was fifty, but now she’s famous.(彼女は遅咲きで、50歳まで絵を描かなかったが、今では有名だ)や Don’t worry, some kids are just late bloomers.(心配しないで、ゆっくり成長する子もいるから)のように使う。
『アステロイド・シティ』では、ウッドロウが他の天才少年少女たちから「恥ずかしがりや?」と聞かれた際に I’m a late bloomer. So I’ve been told (by my parents).(遅咲きなんだ。そう言われてきた、親から)と答える場面がある。この一言が非常に笑いを誘うのは、彼がすでに驚異的な発明をしてヒッケンルーパー奨学金を受賞するほどの天才であるにもかかわらず、「遅咲き」と自称しているからだ。親から言われ続けた言葉をそのまま繰り返す少年の素直さと滑稽さが共存する、アンダーソンらしいユーモアの詰まったシーンだ。
You dare me?
やってみろって言う? / 度胸試しする?
dare は「~する勇気がある」「あえて~する」という意味の動詞で、I dare you to do it. は「やってみろよ」「度胸試しだ」という意味になる。You dare me? は You dare me to do it? の短縮形で「やれって言う?」「度胸試しする?」というニュアンスだ。子ども同士の遊びや友人間で「危険なことや恥ずかしいことをあえてやる」というチャレンジの文脈でよく使われる。
I dare you to eat that.(それ食べてみろよ)や Don’t you dare do that!(絶対にやるんじゃないぞ!)のように使う。また dare には「あえて〜する」という意味もあり、How dare you!(よくもそんなことが言えるな!)という怒りの表現にも使われる。
『アステロイド・シティ』では、クリフォードが熱い唐辛子を食べることや、屋根から飛び降りること、サボテンに登ることなど、あらゆる場面で You dare me?(やれって言う?)と繰り返す。父親のJ.J.は最初は No と断り続けるが、ある場面でなぜそんなことばかりするのかと尋ねると、クリフォードは誰にも自分の存在を気づいてもらえないのが怖いからだと打ち明ける。dare という子どもっぽい行動の背後にある孤独感が描かれた、意外と深いシーンだ。
succumb to
(病気・誘惑などに)屈する/負ける/亡くなる
succumb to ~ は「~に屈する」「~に負ける」という意味の動詞句だ。特に病気や怪我で亡くなることを婉曲的に表す際に使われることが多い。He succumbed to his injuries.(彼は怪我により亡くなった)や She finally succumbed to temptation and bought the shoes.(彼女はついに誘惑に負けて靴を買ってしまった)のように使う。フォーマルなニュアンスがあり、ニュースや書き言葉でよく見られる。
日常会話でも I succumbed to peer pressure.(周りの圧力に負けてしまった)のように使え、「抵抗しようとしたが負けてしまった」というニュアンスが含まれる。
『アステロイド・シティ』では、オーギーが子どもたちに妻の死を告げる場面で after all the surgeries, therapies, and interventions, after two years of struggling and suffering: she succumbed to her illnesses.(あらゆる手術、療法、処置の後、2年間の闘病の末:彼女は病に屈した)と告げる。「亡くなった」ではなく succumbed to her illnesses という表現を使うことで、オーギーが感情を直接的に表現することを避けながらも、その言葉の重さが滲み出ている。写真家らしい客観的で距離のある語り口が、かえって悲しみの深さを感じさせる。
Let’s say she’s in heaven.
彼女は天国にいると言っておこう
Let’s say ~ は「仮に~ということにしよう」「~と言っておこう」という意味の表現だ。事実かどうかわからないことや、自分は信じていないが相手には信じさせたいことを柔らかく提示するときに使う。仮定や例えを導くための便利なフレーズで、Let’s say you’re right. What then?(仮に君が正しいとしよう。それでどうなる?)のように使う。
Let’s say it was an accident.(事故だったということにしよう)や Let’s say we never had this conversation.(この会話はなかったことにしよう)のように、フィクションを提案する場面でも頻繁に使われる。
『アステロイド・シティ』では、母の死を告げた後、子どもたちに Andromeda が「ママはいつ帰ってくるの?」と聞く場面で、オーギーが She’s not coming back. Let’s say she’s in heaven, which doesn’t exist for me, of course — but you’re Episcopalian.(彼女は帰ってこない。天国にいると言っておこう。私にとって天国は存在しないけれど——でも君たちはエピスコパル派だから)と答える。無神論者の父が、宗教的な慰めを信じないながらも子どもたちのために「天国」という概念を使う、哲学的かつユーモラスな場面だ。
Time heals all wounds.
時間がすべての傷を癒す
Time heals all wounds. は「時間がすべての傷を癒す」という有名な慰めの言葉・諺だ。悲しみや喪失感、失恋などで苦しんでいる人に対してよく使われる励ましの表現で、日本語でも「時間が解決してくれる」に相当する。ただし、必ずしも全員が同意する表現ではなく、中には「時間だけでは癒えない傷もある」と反論する人もいる。
I know it’s hard right now, but time heals all wounds.(今は辛いとわかっているけど、時間がすべてを癒してくれるよ)のように使う。また、この諺をあえて否定する形でユーモアや皮肉として使われることもある。
『アステロイド・シティ』では、オーギーが子どもたちに The other thing she said which is incorrect: “Time heals all wounds.” No. Maybe it can be a Band-Aid.(彼女が言った、もうひとつの間違ったこと:「時間がすべての傷を癒す」。違う。せいぜい絆創膏くらいにはなれるかもしれないけど)と語る。母の言葉を「間違っている」と断言するオーギーの合理主義者ぶりが笑いを誘いながらも、その裏に深い悲しみがある。Band-Aid という比喩が絶妙で、「一時しのぎ」というニュアンスが伝わってくる。
Cremated.
火葬された
cremated は動詞 cremate(火葬する)の過去分詞で、「火葬された」という意味だ。cremation は「火葬」を指し、burial(土葬)と対比される。英語圏では死後の処置についてオープンに話す文化があり、日常会話でも普通に使われる。We chose cremation over burial.(土葬より火葬を選んだ)や His ashes were scattered at sea.(彼の遺灰は海に撒かれた)のように使う。
ashes は「灰」だが、火葬後の遺灰を指す場合にも使われ、scatter the ashes(遺灰を撒く)、keep the ashes in an urn(骨壷に遺灰を保管する)といった表現が一般的だ。
『アステロイド・シティ』では、オーギーがタッパーウェアの容器を持って家族の前に座り、妻の死を告げた後に Yes. She’s in the Tupperware.(そう。彼女はタッパーの中にいる)と言い、少し間を置いてから Cremated.(火葬された)と付け加える場面がある。娘たちが容器を見て困惑しているのを見て補足するこのシーンは、悲劇的な内容でありながらもアンダーソン特有のシュールなユーモアが炸裂している。この一言の間と間の取り方が絶妙で、映画史に残るコメディシーンのひとつとも言える。
Are we orphans now?
私たちは孤児になったの?
orphan は「孤児」を意味する名詞で、両親またはどちらか一方を亡くした子どもを指す。Are we orphans now? は母の死を知らされた後に子どもが発する素直な疑問だ。orphan という言葉は文学や映画でも重要なテーマとして登場することが多く、Oliver Twist(オリバー・ツイスト)や Harry Potter(ハリー・ポッター)など数多くの作品で孤児が主人公となっている。
I felt like an orphan after both my parents passed away.(両親が亡くなってから、孤児のような気分だった)や The war left thousands of children as orphans.(戦争によって何千人もの子どもたちが孤児になった)のように使う。現代では emotional orphan(感情的な孤独を抱えた人)という比喩的な使い方もある。
『アステロイド・シティ』では、パンドラが母の死を知らされた後に Are we orphans now?(私たちは孤児になったの?)と聞く場面がある。オーギーは No, because I’m still alive.(いや、なぜなら私がまだ生きているから)と答える。子どもの素直すぎる疑問と、それに対する父の即物的な答えが絶妙なユーモアを生む。論理的であることで感情の表出を避けようとするオーギーの性格が短いやり取りの中に凝縮されている。
a Band-Aid
応急処置 / 一時しのぎ
Band-Aid は本来、絆創膏(特定のブランド名)のことだが、比喩的に「一時的な解決策」「根本的な問題には対処していない表面的な手当て」を指す表現として広く使われる。This policy is just a Band-Aid solution — it doesn’t address the real problem.(この政策は一時しのぎに過ぎない——根本的な問題には対処していない)のように使う。アメリカ英語でよく使われるが、イギリス英語ではplasterが同様の意味で使われることがある。
Slapping a Band-Aid on a broken system won’t fix anything.(壊れたシステムに絆創膏を貼っても何も解決しない)のような比喩的表現も一般的だ。問題の根本解決ではなく表面的な対処を批判する際に非常に便利な表現だ。
『アステロイド・シティ』では、オーギーが Time heals all wounds. という言葉に反論した後 Maybe it can be a Band-Aid.(せいぜい絆創膏くらいにはなれるかもしれない)と続ける場面がある。「時間がすべてを癒す」という慰めの言葉を完全には否定せず、でも「完治」はしないという複雑な心境をこの一言で表現している。戦争写真家として死を身近で見てきたオーギーらしい、乾いた現実主義が滲む言葉だ。
I’m a war photographer.
私は戦争カメラマンだ
war photographer は「戦争写真家」「従軍カメラマン」を意味する。combat photographer とも言い、戦場に赴いて戦闘や人道的危機を記録する職業だ。photojournalist(報道写真家)の中でも特に危険な最前線で活動する人を指す。
He works as a war photographer and has covered conflicts in over twenty countries.(彼は戦争写真家として働き、20か国以上の紛争を取材してきた)のように使う。また、She’s a combat photographer embedded with the troops.(彼女は部隊に同行する従軍カメラマンだ)のように embedded(同行する)という単語と一緒に使われることも多い。
『アステロイド・シティ』では、ミッジがオーギーに写真を撮ることの許可なしに撮ったことを咎める場面で、オーギーが I never ask permission. ——Why not?——Because I work in trenches, battlefields, and combat zones.(許可は求めない——なぜ?——塹壕、戦場、戦闘地域で仕事をしているからだ)と答える場面がある。この言葉がミッジの興味を引き、二人の奇妙な関係が始まるきっかけとなる。カメラマンとしての職業倫理と個性が短いセリフで鮮やかに描かれている。
What’d you do to deserve that?
それで何をしてそうなったの?
What did you do to deserve that? は「それで何をしてそうなったの?」という意味の表現だ。見た目や状況から「それ相応の理由があるはずだ」というニュアンスで相手に事情を聞くときに使う。皮肉や冗談として使われることが多く、You got a promotion? What did you do to deserve that?(昇進したの?何をして勝ち取ったの?)のように良い意味でも使えるし、怪我やトラブルに対してブラックユーモアとして使うこともある。
ネガティブな状況(罰、損失、怪我など)に対して冗談っぽく使うと You must’ve done something to deserve this!(これはきっと何かしたからだよ!)のように言える。日本語の「自業自得だね」というニュアンスに近い場合もある。
『アステロイド・シティ』では、ミッジが目の周りに紫のあざを描いていることを見たオーギーが Gadzooks. What’d you do to deserve that?(なんてこった。何をしてそうなったの?)と尋ねる場面がある。しかしミッジはそれをグリースペイントで自分で描いたものだと説明し、役への感情移入のためだと話す。外見から状況を推測して聞くというオーギーの直截なコミュニケーションスタイルが表れたやり取りだ。
It’s on the inside.
それは内側にある(心の傷)
It’s on the inside. は文字通りには「それは内側にある」という意味だが、文脈によっては「見えない部分にある」「心の中の問題だ」というニュアンスで使われる。外見には現れていない感情的・心理的な痛みや傷を表す際に使える詩的な表現だ。
The real damage isn’t visible — it’s on the inside.(本当のダメージは目に見えない——内側にあるんだ)や You look fine on the outside, but what about on the inside?(外見は大丈夫そうだけど、内側はどう?)のように使う。心理的健康や感情表現についての会話でよく登場するフレーズだ。
『アステロイド・シティ』では、ミッジが自分で描いたあざについてオーギーが How does she get a black eye? In the story.(物語の中で、なぜ彼女は黒目を作るの?)と聞くと、ミッジが She doesn’t. In the story. It’s on the inside.(物語の中ではしない。それは内側にあるの)と答える場面がある。演じるキャラクターの内的な痛みを外見で表現するというミッジの独特の演技論が示されており、映画や演劇における「外見と内面の関係」という深いテーマへの入口となっている。
a toadswindle
詐欺 / ペテン
toadswindle は標準的な英語辞書には載っていない架空の俗語であり、『アステロイド・シティ』の中でカウボーイのモンタナが使うユニークな造語だ。文脈から明らかに「詐欺」「ペテン」「いんちき」を意味する言葉として使われている。swindle(詐欺)に toad(ヒキガエル)を組み合わせた、いかにも西部劇のカウボーイが使いそうな古風でユーモラスな表現だ。
英語では詐欺や欺瞞を表す表現が豊富で、con(詐欺)、scam(詐欺)、ripoff(ぼったくり)、hustle(ペテン)などがよく使われる。That’s a total scam!(それは完全な詐欺だ!)や Don’t fall for that con.(そのペテンに引っかかるな)のように使う。
『アステロイド・シティ』では、モーテルのマネージャーが自動販売機で土地を売ると説明した際に、モンタナが that sounds to me like some kind a’ toadswindle.(私にはいんちきのように聞こえる)と疑念を示す場面がある。これに対してマネージャーが Of course, I understand. It’s not a toadswindle.(もちろん、ご理解いただけます。詐欺ではありません)と答える。架空の俗語をさらりと使いこなすキャラクターのユーモアが、ウェス・アンダーソンらしい言語遊びを体現している。
Of course, I understand.
もちろん、ご理解いただけます(おもてなし定型句)
Of course, I understand. は本来「もちろん、わかります」という共感・同意の表現だが、サービス業や接客の場面では「おっしゃることはわかります、しかし……」という前置きとして使われることが多い。顧客のクレームや不満を受け止めながらも、自分の立場を維持するための丁寧な言い回しだ。
Of course, I understand your concerns.(もちろん、ご懸念はわかります)や Of course, I understand. Let me see what I can do.(もちろんわかります。何ができるか確認します)のようにサービスの場面で頻繁に使われる。ただし使いすぎると誠意が感じられないという批判もある。
『アステロイド・シティ』では、モーテルマネージャーがあらゆる問題や苦情に対してほぼ機械的に Of course, I understand. と返す場面が繰り返される。キャビンが焼け落ちてテントになってしまった件も、自販機が詐欺に見えるという指摘に対しても、水がないという欠点についても、この決まり文句で始まる。このセリフが繰り返されるたびに笑いが生まれるのは、マネージャーがどんな状況でも動じず礼儀正しく対応する姿がシュールだからだ。接客英語の定型句が映画的なユーモアとして機能している好例だ。
A desert opportunity.
砂漠の土地へのチャンス(投資機会)
opportunity は「機会」「チャンス」を意味する名詞で、ビジネスや投資の文脈では investment opportunity(投資機会)、business opportunity(ビジネスチャンス)などの形でよく使われる。desert opportunity は文字通り「砂漠の機会」だが、それ自体は一般的な表現ではなく、『アステロイド・シティ』のモーテルマネージャーが販売している砂漠の不毛な土地を「機会」と言い張る際に使う皮肉的なフレーズだ。
This is a golden opportunity you shouldn’t pass up.(これは見逃せない絶好のチャンスだ)や Every crisis is also an opportunity.(すべての危機はチャンスでもある)のような表現と同様の構造を持つ。
『アステロイド・シティ』では、マネージャーが土地に水がないと指摘されると、Of course, I understand. There isn’t any. This is a desert opportunity.(もちろんわかります。水はありません。これは砂漠の投資機会ですから)と答える場面がある。どこからどう見ても魅力のない荒地を「opportunity」と呼んで売り込む姿が笑いを誘う。ポジティブな言葉遣いで欠点を覆い隠すマーケティング的な言語操作の滑稽な誇張だ。
I assertively disagree.
私は強く異議を唱える
assertively は「断言して」「自信を持って」「積極的に主張して」という意味の副詞で、assertive(自己主張が強い)の副詞形だ。I disagree. だけでも「同意しない」という意味だが、assertively を加えることで「強く、自信を持って」反論しているという意味が加わる。ビジネスやディベートの場面では assertive communication(自己主張的なコミュニケーション)という概念として重要視される。
I assertively disagree with your conclusion.(あなたの結論には強く異議を唱える)や She assertively defended her position.(彼女は自分の立場を自信を持って守った)のように使う。なお、pasive(消極的)、aggressive(攻撃的)、assertive(自己主張的)は対人関係の心理学でよく対比される概念だ。
『アステロイド・シティ』では、J.J.が宇宙に知的生命体が存在する可能性はゼロに等しいという「科学的事実」を主張するのに対して、ロジャーが I assertively disagree.(強く異議を唱える)と返す場面がある。続けてサンディも So do I.(私もです)と同意し、It’s not even a number.(それは数字ですらない)と追い打ちをかける。「断言して」という副詞の使い方がやや大げさで滑稽な印象を与えるが、それがこのキャラクターの律義さをユーモラスに表現している。
red herring
的外れな手がかり / ミスリード
red herring は「的外れな手がかり」「注意をそらすための偽情報」を意味する慣用句だ。もともとは燻製にしたニシン(ニシンが赤みがかる)を使って猟犬の嗅覚訓練をする際に、犬の注意をそらすために使ったことに由来するとも言われる。推理小説やミステリーでは、読者を誤った方向へ導くための偽の手がかりを指す重要な概念だ。
That clue turned out to be a red herring.(その手がかりはミスリードだったことがわかった)や Don’t get distracted by his argument — it’s a red herring.(彼の議論に惑わされるな——それは的外れだ)のように使う。政治の文脈でも意図的に話題をそらす際に red herring と批判されることがある。
『アステロイド・シティ』では、ドクター・ヒッケンルーパーが宇宙から発信される謎の電波信号について What? Oh, the beeps and blips. We don’t know. Indecipherable radio emissions from outer space. Probably a red herring.(何?ああ、ビープ音とパルス。わからない。宇宙からの解読不能な電波。おそらく的外れだろう)と説明する場面がある。しかしウッドロウはそれを「銀河カレンダーの日付かもしれない」と見抜く。red herring と思われていたものが実は重要な手がかりだったという反転が、この言葉の使い方の妙を示している。
Is it always today?
いつでも「今日」なの?
Is it always today? は哲学的な問いかけで、時間の本質についての深い問いを子どもっぽい素直さで表現したセリフだ。「今」という概念は常に更新され続けるため、「今日」は永遠に「今日」であるという時間の循環性・絶対性を問うている。これは哲学者のマルティン・ハイデガーやアンリ・ベルクソンが論じた時間論にも通じる問いだ。
Is it always today? というような哲学的な質問は日常会話には登場しないが、英語学習の観点からは always(常に)や today(今日)の使い方を理解する上での面白い例文となる。
『アステロイド・シティ』では、ウッドロウが観測所の電光掲示板を見て宇宙からの信号が「銀河カレンダーの日付」かもしれないと気づいた後、自分の時計を確認して Is it always today?(いつも「今日」なの?)と呟く場面がある。ドクター・ヒッケンルーパーも自分の時計を確認し、困惑しながらも感心した表情を見せる。この一言がウッドロウの天才性と哲学的な深みを象徴するセリフとして機能している。アンダーソン映画らしい、シンプルな言葉に宿る深い問いだ。
We’re two catastrophically wounded people.
私たちは二人とも致命的に傷ついた人間だ
catastrophically は「壊滅的に」「致命的に」という意味の副詞で、catastrophe(大惨事)から派生している。wounded は「傷ついた」を意味し、身体的な傷だけでなく精神的・感情的な傷にも使われる。wounded pride(傷ついたプライド)、emotionally wounded(感情的に傷ついた)のような形でよく使われる。
I know I’m not perfect, but you don’t have to be so catastrophically dramatic about it.(完璧じゃないのはわかってるけど、そんなに大げさに言わなくても)のように日常でも使えるが、catastrophically は大げさなニュアンスがあり、ユーモラスに使われることも多い。
『アステロイド・シティ』では、ミッジがオーギーとの関係について I think I know now what I realize we are: two catastrophically wounded people who don’t express the depths of their pain — because we don’t want to.(私が気づいた私たちが何者かわかった気がする:致命的に傷ついた二人の人間で、痛みの深さを表現しない——表現したくないから)と言う場面がある。自己分析を淡々と述べるミッジのセリフは、二人の関係の本質を鋭く突いており、笑いながらも胸に刺さる。
You can’t wake up if you don’t fall asleep.
眠らなければ目覚めることができない
You can’t wake up if you don’t fall asleep. は表面上は当たり前の事実を述べているだけだが、文脈の中では「何かを失わなければ、新たな始まりはない」「苦しみを経験しなければ、再生はない」という深い意味を持つ比喩的な言葉だ。fall asleep(眠りにつく)と wake up(目覚める)は、死と再生、終わりと始まり、絶望と希望の対比として使われることがある。
You can’t wake up if you don’t fall asleep — sometimes you have to let go before you can move forward.(眠らなければ目覚めることができない——前に進む前に手放さなければならないこともある)のように使える哲学的な表現だ。
『アステロイド・シティ』のクライマックスでは、稽古場のシーンでオーギーを演じる俳優が呟くように You can’t wake up if you don’t fall asleep. と言う場面がある。この言葉が稽古場にいる俳優たちの間でリフレインされ、やがて全員が声を合わせて繰り返す場面は、映画全体のテーマを集約した印象的なクライマックスだ。「眠り=喪失や苦しみ」「目覚め=理解や再生」という解釈が可能で、映画全体の問いへの答えのようにも聞こえる。
It’s not clear.
よくわからない / はっきりしない
It’s not clear. は「はっきりしない」「わからない」という意味の表現だ。状況や事実が曖昧なときに使うニュートラルな言い方で、I don’t know. よりも客観的なニュアンスがある。It’s not clear yet whether the plan will work.(計画がうまくいくかどうかはまだわからない)や The instructions aren’t clear.(説明書がわかりにくい)のように使う。
また、状況の説明として It remains unclear.(依然として不明だ)や The situation is unclear.(状況ははっきりしない)のような形でニュース英語でもよく使われる。
『アステロイド・シティ』では、オーギーが自分の手をホットプレートで焼いた後にミッジから Why?(なぜ?)と聞かれ It’s not clear.(よくわからない)と答える場面がある。また劇中劇のセリフとして Is she a ghost?(彼女は幽霊なの?)という問いに対しても It’s not clear.(はっきりしない)と返される。わかっていないことをわかっていないと素直に言える正直さと、それがかえってユーモアになるという、アンダーソン映画の哲学的なテーマが凝縮された表現だ。

こんにちは、ゆぶろぐです。
映画の英語は、学習教材と違って、学習者向けに手加減された英語ではありません。生の英語が飛び交っています。一見、難しいように聞こえますが、次第にストーリーの展開に心を奪われながら、英語とストーリーの両方の魔力に引きつけられていくのです。▶映画は、普段日常生活では接することのない、様々な場面に誘ってくれます。その中で交わされている英語には、学校で学ぶ英語と少しばかり違った、口語表現やスラングがあふれています。▶このサイトでは、その独特の口語表現やスラングを主に映画から探してきて、紹介しています。中には、危険なフレーズや下品な言い回しもあえて取り上げてみました。それらは、実際に使うとアブナイものも含まれていますから、それは「知っていく」程度にとどめておいてください。
本名、吉成雄一郎(よしなりゆういちろう)。株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。専門は英語教授法。英語学習や英語教育に関する論文、著書、記事多数。
