■この映画のご紹介
Table of Contents
−- ■この映画のご紹介
- ■この映画で使われている会話表現とスラング
- Guess who, you fuck!
- Take it easy.
- I'm not sensing it.
- I'll bite.
- mamaluke
- Took you long enough.
- I'm half a fag already.
- Me me me me! He's dead! Get over it.
- pussy-whipped
- Grief is a process.
- I'll take that as a yes.
- Brief psychotic disorder
- Halfway house
- Gainfully employed
- Antisocial Personality Disorder / Sociopathy
- I'll bite. / OK, I'll bite.
- Street smart
- Just north of
- Decongestant
- You're making me very fuckin' nervous.
- Sprinkle some fuckin' fairy dust on me.
- I could tell.
- Jefe
- Shiv
- The fall of the Roman Empire
- Eighty bucks
- What's the holdup?
- In the middle of someone
- Emily Post
2002年公開のアメリカのコメディ映画。前作『アナライズ・ミー』に続く続編で、ロバート・デ・ニーロとビリー・クリスタルが再びマフィアのボスと精神科医を演じる。刑務所内で暗殺の危機にさらされたニューヨークのマフィアのボス、ポール・ヴィッティは、「ウエスト・サイド・ストーリー」の曲を歌いながら精神崩壊を演じ、精神科医のベン・ソーベルの身柄預かりという形で出所を果たす。更生しようとするヴィッティと、彼を更生させようとするソーベル博士のやり取りが笑いを生む。ハロルド・ライミス監督作品。
■この映画で使われている会話表現とスラング
Guess who, you fuck!
誰だかわかるか、この野郎!
you fuck は非常に強い罵倒語で、「このクソ野郎」「この野郎」に相当する極めて下品な表現だ。公の場では絶対に使うべきではないが、映画やドラマでは激しい感情を表現するためにしばしば登場する。fuck は動詞としてだけでなく、名詞として「嫌なやつ」「クソ野郎」という意味でも使われる。このような表現はネイティブのスラングを理解する上で避けては通れないが、実際に使用する場面は非常に限られる。 Guess who は「誰だと思う?」という意味で、親しい間柄での挨拶にもなる表現だ。Guess who I ran into today!(今日誰に会ったと思う?)のように、驚きや興奮を共有したいときに使う。 『アナライズ・ザット』では、刑務所から精神科医のベン・ソーベルに電話をかけたヴィッティが開口一番 Guess who, you fuck! と言い放つ場面がある。父親の葬儀の最中に電話を受けたソーベルが「今は都合が悪い」と言っても、「俺が都合が悪いんだ」と言い返すヴィッティの自己中心的な性格が一発でわかるシーンだ。親しさと粗野さが入り混じったこの表現は、ヴィッティというキャラクターを端的に表している。
Take it easy.
落ち着け/気楽にやれ
Take it easy. は非常によく使われる口語表現で、文脈によって「落ち着け」「気楽に行こう」「またね」といった複数の意味を持つ。怒っている相手をなだめるときは「落ち着け」、別れ際には「じゃあね、元気でね」という意味になる。カジュアルな別れの挨拶として See you later. や Take care. と同じように使えるため、非常に汎用性が高い表現だ。 Hey, take it easy, nobody’s blaming you.(落ち着いて、誰も君を責めてないよ)や Take it easy on yourself; you’ve been working too hard.(自分に厳しくしすぎないで、働きすぎだよ)のように使う。また、Don’t take it so easy.(そんなに気楽にしてちゃダメだよ)のように、楽観的すぎる相手を戒めるニュアンスでも使われる。 『アナライズ・ザット』のラストシーンでは、ヴィッティがソーベルと別れる際に Take it easy, Doc.(じゃあな、先生)と言い、ソーベルも You, too, Paul.(あなたもね、ポール)と返す。物語全体を通じて衝突し合いながらも互いに成長した二人の関係が、この短い別れの言葉に凝縮されている。シンプルな表現だが、映画の締めくくりとして非常に感情的な重みを持つ場面だ。
