■この映画のご紹介
カナダ・トロントに住む、売れないバンド「セックス・ボブオム」のベーシスト、スコット・ピルグリム。彼はある日、夢で見た女の子、ラモーナ・フラワーズと現実で出会い、一瞬で恋に落ちる。しかし、彼女と付き合うためには、ラモーナの邪悪な元カレ7人と戦って倒さなければならないという過酷な試練が待っていた。ブライアン・リー・オマリーによる同名のグラフィックノベルを原作に、『ベイビー・ドライバー』のエドガー・ライト監督がメガホンを取った本作は、ビデオゲーム、日本のマンガ、インディー・ロックの要素を融合させた、唯一無二のポップでスタイリッシュな作品である。コミカルな会話、奇想天外なバトルシーン、そして若者の恋愛模様が、視覚的に革新的な手法で描かれるカルト的人気を誇る傑作だ。
■この映画で使われている会話表現とスラング
geek out
(何かに)夢中になる/オタクっぽく熱狂する
geek out は、特定の趣味や興味の対象について、非常に熱心に、あるいは専門的に語ったり行動したりすることを指すスラングである。もともと geek は「変わり者」「オタク」といった、ややネガティブな意味合いで使われる言葉だった。特にコンピュータやサイエンスフィクションなど、特定の分野に没頭する人々を指す言葉として知られていた。しかし、近年ではオタクカルチャーが広く受け入れられるようになり、geek という言葉も「特定の分野に深い知識と情熱を持つ人」というポジティブなニュアンスで使われることが増えている。この変化に伴い、geek out という表現も、自分の好きなことについて周りを気にせず熱く語ったり、興奮したりする様子を肯定的に表現する言葉として定着した。
日常会話では、友人同士で趣味の話をする際によく使われる。例えば、We spent the whole night geeking out about the new Star Wars movie.(私たちは一晩中、新しいスター・ウォーズの映画について熱く語り合った)や、She started geeking out when she saw the rare comic book.(彼女はそのレアなコミック本を見て、大興奮し始めた)のように使うことができる。この表現は、単に「好き」というレベルを超え、専門的な知識や深い愛情を持ってその対象に接しているというニュアンスを伝えるのに非常に効果的である。
『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』では、スコットが新しく付き合い始めた高校生のガールフレンド、ナイブスをバンドの練習に連れてくる場面でこの表現が登場する。バンドのリーダーであるスティーヴン・スティルズは、ナイブスが入ってくるとスコットに Is she gonna geek out on us?(彼女、俺たちに熱狂しちゃったりする感じ?)と尋ねる。これは、彼女がバンドの演奏を見て、いわゆる「追っかけ」のように興奮してしまうのではないか、と心配しているセリフだ。しかしスコットが「彼女は隅っこでおとなしくしてるよ」と答えると、スティーヴンは I mean, I want her to geek out on us.(いや、むしろ熱狂してほしいんだけど)と返す。このやり取りは、バンドマンとしての彼らのプライドと、ファンに熱狂されたいという願望をコミカルに描いている。本作自体がビデオゲームやコミックといったオタクカルチャーへの愛に満ちた作品であるため、geek out という言葉はこの映画の世界観を象徴する表現の一つと言えるだろう。
pleased as punch
とても喜んでいる/満悦している
pleased as punch は「非常に喜んでいる」「大満足している」という意味を持つ、イギリス英語由来のイディオムである。この表現の起源は、17世紀から続くイギリスの伝統的な人形劇「パンチとジュディ(Punch and Judy)」に遡る。この劇の主人公であるパンチ(Mr. Punch)は、わがままで暴力的なキャラクターで、自分の思い通りに物事が進むと、甲高い声で That’s the way to do it!(こうやるんだよ!)と叫び、非常に満足げな様子を見せる。このパンチの自己満足的な喜びの様子から、「パンチのように喜んでいる」という意味で as pleased as punch という表現が生まれた。この表現には、単に喜んでいるだけでなく、少し自己満足的であったり、得意げであったりするニュアンスが含まれることがある。
日常会話では、誰かが何かを成し遂げて満足している様子を表現する際に使われる。例えば、He was pleased as punch with his new car.(彼は新しい車に大満足だった)や、She passed the exam and was pleased as punch.(彼女は試験に合格して、とても喜んでいた)のように使う。やや古風で、ユーモラスな響きを持つ表現であるため、親しい間柄での会話で使われることが多い。アメリカ英語でも通じるが、イギリス英語でより頻繁に耳にする表現だ。
『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』では、スコットがバンドメンバーに新しいガールフレンドの名前を明かすシーンで使われる。スティーヴン・スティルズに「彼女の名前は?」と聞かれたスコットは、(pleased as punch) Knives Chau. She’s Chinese.((満悦した様子で)ナイブス・チャウ。中国人だよ)と答える。ここでの pleased as punch という脚本のト書きは、高校生のガールフレンドができたことを自慢げに、そして大いに満足しているスコットの心情を的確に表している。彼の少し子供っぽく、無邪気なキャラクターがこの表現によって強調されている。周りの友人たちが呆れ気味であるのとは対照的に、スコット一人が有頂天になっている様子が目に浮かぶような、効果的な使われ方である。
