■この映画のご紹介
本作は、文学界のステレオタイプにうんざりした黒人小説家セロニアス・”モンク”・エリソンを主人公とする、辛辣な社会派コメディである。高度に知的な作品を書いても評価されず、「もっと“黒人らしい”本」を求められることに業を煮やした彼は、腹いせに「ゲットー文学」のパロディとして、ありきたりな黒人の苦悩を詰め込んだ小説を偽名で執筆する。ところが、この冗談のつもりの作品がまさかの大ヒットを記録し、モンクは自分が作り出した嘘のペルソナと、複雑な家族の問題の渦中に巻き込まれていく。人種、アイデンティティ、そしてアートと商業主義の狭間で揺れ動く現代社会を、鋭いウィットとユーモアで描き出した傑作である。
■この映画で使われている会話表現とスラング
Kick it off
(何かを)始める、口火を切る
`kick it off` は、会議やパーティー、ディスカッションなどの集まりやイベントを「始める」「開始する」という意味で使われる、エネルギッシュでインフォーマルな口語表現である。`Let’s start.` や `Let’s begin.` とほぼ同じ意味だが、よりカジュアルで、場を活気づけようとするポジティブなニュアンスが含まれている。サッカーの試合開始を意味する「キックオフ」から転じて、様々な事柄の始まりを指すようになった。ビジネスのプレゼンテーションから友人との飲み会まで、幅広い場面で使える非常に便利なフレーズだ。誰かに最初の行動を促す際に「さあ、始めて」という意味で使われることも多い。 日常会話では、`Alright everyone, let’s kick off the meeting.`(皆さん、会議を始めましょう)のように、グループ全体に対して開始を宣言する形でよく使われる。また、`I’m going to kick off the presentation with a short video.`(短いビデオでプレゼンテーションを始めたいと思います)のように、自分がどのように始めるかを説明する際にも用いられる。誰かに始めてほしいと促す場合は、`Who wants to kick off the discussion?`(誰か議論の口火を切りたい人はいますか?)のように尋ねることもできる。 映画『アメリカン・フィクション』では、物語の冒頭、主人公モンクが大学で教える文学の授業シーンでこの表現が登場する。モンクが学生たちに `Who wants to start?`(誰か始めたい者は?)と問いかけ、手を挙げた女子学生ブリタニーに対し、`Yes, Brittany. Kick it off.`(よし、ブリタニー。始めてくれ)と発言する。ここでは、授業のディスカッションを開始するよう、最初の発言者であるブリタニーに促している。教授としてごく自然な言い回しだが、この直後、ブリタニーは授業内容ではなく、黒板に書かれた「ニガー」という単語に不快感を示し、物語の核心である人種と表現の問題が早速提示されるという、皮肉な幕開けになっている。
take the edge off
(緊張・不安・痛みなどを)和らげる、鈍らせる
`take the edge off` は、ストレスや緊張、怒りといった強い感情、あるいは身体的な痛みなどの「鋭さ(edge)」を取り除き、「和らげる」「鈍らせる」という意味を持つ巧みな比喩表現である。刃物の切れ味を鈍らせるイメージから転じて、精神的・肉体的な苦痛や不快感の強度を少し下げる、楽にするといったニュアンスで使われる。特に、仕事終わりの一杯のお酒でリラックスしたり、鎮痛剤で痛みを和らげたり、軽い運動で気分転換をしたりするような状況で頻繁に耳にする。完全に問題を取り除くのではなく、あくまで「少し楽にする」「マシにする」というニュアンスが強いのが特徴だ。 例えば、`I need a drink to take the edge off after such a stressful day.`(こんなストレスの多い一日の後には、気分を和らげるために一杯必要だ)や、`This painkiller should take the edge off your toothache.`(この鎮痛剤があなたの歯の痛みを和らげてくれるはずだ)のように使う。また、`Going for a short walk helped take the edge off my anxiety.`(短い散歩に出かけたら、不安な気持ちが少し和らいだ)のように、気分転換について語る際にも便利だ。 映画『アメリカン・フィクション』では、授業での一件が問題となり、大学から強制的な休暇を言い渡されたモンクが、学部長たちと面談するシーンで使われる。学部長のレオが、ボストンにいる家族のもとで過ごすことを勧め、`Well, you need some time to relax. You’re on edge, man.`(まあ、少しリラックスする時間が必要だよ。君はピリピリしている)と言う。これに対し、モンクは極めて皮肉っぽく `And you’re under the impression that time spent with my family will take the edge off.`(それで、君は私が家族と過ごせばそのピリピリが和らぐとでも思っているのか)と返す。モンクにとって家族と過ごす時間はリラックスどころか、さらなるストレスの源であることを暗に示しており、彼の複雑な家庭環境をこの一言で巧みに表現している。
